就業規則に延長の定めがない試用期間を延長する旨の合意は有効か

就業規則に延長の定めがない試用期間を延長する旨の合意は有効か

就業規則に延長の定めがないにもかかわらず、当事者間の個別合意によって試用期間を延長した事案において、この個別合意の有効性が問題となった裁判例(大阪地裁R6.2.22 判決)をご紹介致します。

 

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1. 事案の概要

原告は、薬剤師の資格を持ち、被告との間で無期労働契約を締結し、被告の設置する薬局での業務に従事していました。

被告は、医療施設、薬局、調剤薬局等の経営等を目的とする株式会社です。

被告の就業規則には、採用の日から 3 か月を試用期間とする旨の定めがありましたが、試用期間の延長に関する定めはありませんでした。

被告は、原告との面談を行い、原告の働きぶりに多くの課題が見受けられた一方で薬剤師の人手不足もあったため、もうしばらく原告の適性を評価する必要があるとして試用期間の1か月延長を提案し、原告もこれに同意しました。

なお、訴訟において、原告は試用期間の延長に同意したことを否定しましたが、裁判所は原告の同意があったと認定しました。

 

2. 裁判所の判断

本件では、試用期間延長の合意が就業規則に反するかが争点となりました。

この点、原告は、被告の就業規則には試用期間の延長に係る定めはないから、試用期間の延長は許されないと主張しました。

これに対し、裁判所は以下のとおり判示し、試用期間を延長する合意を有効としました。

「試用期間の延長を禁じる法令の定めはない。」「個別の労働契約において、当初の試用期間満了時において当初想定していた労働者の人物・能力をはじめとする従業員としての適格性に疑問があり、評価及び判断に一定の期間を要する事情が認められる場合に、試用期間を上記判断に必要かつ相当な期間延長する場合は当然に想定される」「就業規則の定めが個別の労働契約においてその延長を許さない趣旨と解する根拠は見当たらない。」

その上で、本件延長が就業規則上許容されているかを検討し、以下のとおり判示しました。

「原告は、本件労働契約に際して、それまでに調剤薬局で8年余り薬剤師として勤務しており、その際の顧客対応が良好であった旨を記載した履歴書を送付して被告の求人に応募し、被告の面接においても即戦力として働くことができるかという質問に対して働くことができる旨を回答し、これを受けて被告は原告の採用を決め、原告は本件労働契約を締結して就労を開始している。以上によれば、被告は、調剤薬局で勤務する即戦力の薬剤師として勤務することを想定して原告を採用し、原告もそのような想定を前提に本件薬局での就労を開始したといえる。そうすると、原告の試用期間中の勤務状況から、調剤薬局での接客等に係る適格性に疑義が生じた際に、さらに適格性を吟味するために試用期間を延長することは本件労働契約締結に至る経緯に照らして必要なものであり、その期間が1か月にとどまり、原告が面談において延長を承諾したことから、その延長内容も相当なものであるといえる。」

「したがって、本件労働契約の試用期間の延長は、被告の就業規則に明文の定めがなくても許容されるものといえる。」

但し、試用期間延長後の被告の注意指導の具体的内容や原告の勤務態度の変化が不明であることなどから、直ちに薬剤師として適格性を欠くと判断できないとして、本採用拒否については無効としました。

 

3. まとめ

試用期間の延長については、労働法の教科書などでは、就業規則などで延長の可能性およびその事由、期間などが明定されていないかぎり、試用労働者の利益のために原則として認めるべきではないとされています。

上記のような考え方、および試用期間をめぐってトラブルになることを防ぐ観点から、試用期間の延長については就業規則で定めておくべきだと思います。

もっとも、就業規則に試用期間の延長について定めていないからといって、必ずしも延長を認めない趣旨とは解されないことから、延長の合意が就業規則の最低基準効(労契法12条)により全て無効になると解するのは妥当でないと思います。

本件では、採用面接から労働契約締結に至る経緯、試用期間中の適格性を疑わせる事情、延長期間、労働者の承諾の有無などから、試用期間の延長が就業規則に違反しないとしており、実務上参考になると思います。

以上

 

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この記事の監修者:岡 正俊弁護士


岡 正俊(おか まさとし)

杜若経営法律事務所 弁護士
弁護士 岡 正俊(おか まさとし)

【プロフィール】
早稲田大学法学部卒業。平成13年弁護士登録。企業法務。特に、使用者側の労働事件を数多く取り扱っています。最近では、労働組合対応を取り扱う弁護士が減っておりますが、労働事件でお困りの企業様には、特にお役に立てると思います。

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