「覚醒剤取締法違反を理由にした退職金不支給が適法とされた事例」

覚醒剤取締法違反を理由にした退職金不支給が適法とされた事例

 

お電話・メールで
ご相談お待ちしております。


 

1.私生活上の非違行為と懲戒解雇・退職金について

今月は従業員が私生活で覚醒剤を使用していたことを理由にした懲戒解雇・退職金不支給について、退職金不支給が適法であると判断した裁判例について採り上げます。

覚醒剤取締法違反を理由とする退職金不支給事案は私の知る限り初めての裁判例かと思います。

前提として関連する論点についてお伝えしたいと思います。

(1) 私生活上の非違行為を理由にした解雇は有効となりにくい

懲戒処分の対象となる私生活上の行為は、事業活動に直接関連を有するもの及び企業の社会的評価・社内秩序の棄損をもたらすものに限定されます。

そしてなかなか私生活上の非違行為を理由にした解雇は有効になりづらいです。

私も驚いたのですが、地下鉄会社の従業員が同じ地下鉄の路線で業務時間外に痴漢行為をはたらいても諭旨解雇処分が無効となった裁判例(東京地裁平成27年12月25日判決)がありました(私は解雇有効が妥当だと思います)。

(2) 懲戒解雇であっても退職金不支給は難しい

また、懲戒解雇の場合退職金を不支給とする事も多いと思いますが、それも多くの事例で否定されております。

退職金は賃金の後払い的性格を有するため、永年の功労を抹消するような非違行為でない限り不支給は違法とされております。

鉄道会社の従業員が業務時間外に痴漢行為で刑事罰を受け(過去に更に1回痴漢行為で懲戒処分を受けていた)、それを理由に懲戒解雇処分となり退職金不支給となったところ、裁判所は懲戒解雇を有効としつつも永年の功労を抹消したとまではいえないとして退職金を3割支払うよう命じました(東京高裁平成15年12月11日判決)。

 

2. O社事件(東京地裁令和5年12月19日判決)

(1) 事例

被告は鉄道会社で、原告は、平成7年4月、被告に雇用され、主に車両検査業務に従事していました。令和4年当時は車両検査主任として働いていました。

被告は、平成29年頃から、密売サイトを通じて覚醒剤を購入し、1か月に4回、休前日である金曜日や土曜日に吸引して使用するようになりました。

原告は、令和4年4月19日、職場を無断欠勤し、交際相手と山中湖ヘドライブに行きました。

その際、交際相手は、原告が所持していた鞄の中にチャック付ビニール袋入りの覚醒剤(0.147グラム)と吸引具等を発見し、これらを原告に黙って取り出し、帰宅後に原告の父親に渡しました。

原告の父は、これらを警察署に任意提出しました。

原告は、同年6月4日、自宅で警察官に任意同行を求められてこれに応じ、警察署で尿を任意提出した結果、簡易検査で覚醒剤の陽性反応が現れ、覚醒剤取締法違反の容疑で逮捕されました。

同月6日には、原告の自宅の家宅捜索の結果、チャック付ビニール袋入りの覚醒剤3袋(合計1.244グラム)が発見されました。

原告は、令和4年6月29日、一身上の都合により同年7月13日をもって退職する旨の退職届を提出したが、被告はこれを受理しませんでした。

被告は、令和4年7月7日、上記(4)の覚醒剤所持及び使用(以下「本件犯罪行為」という。)を理由に原告を懲戒解雇する旨の意思表示をした。

原告は、上覚醒剤所持及び使用の罪につき東京地方裁判所に公判請求された。原告は罪をすべて認め、同年9月28日、懲役2年執行猶予3年の有罪判決を受け、確定しました。

原告が令和4年7月限り自己都合退職した場合に受給することのできた退職金等の金額は以下の通りです。

退職一時金267万5022円

確定拠出年金拠出不能金5000円【支給済】

確定給付企業年金802万5167円

確定拠出年金205万3571円【支給済】

前払退職金13万0000円【支給済】

被告は、原告に対し、原告が同年7月限りで自己都合退職した場合に受給することができた退職金等(退職一時金267万5022円及び確定給付企業年金802万5167円)を不支給とし、原告は懲戒解雇は争わないものの退職金不支給は不当であるとして退職金請求の訴訟を提起しました。

(2) 裁判所の判断(会社勝訴 退職金不支給は適法)

裁判所は以下の通り判断し、退職金不支給は適法と判断しました。

「本件犯罪行為は、覚醒剤取締法41条の2第1項(所持)、同法41条の3第1項1号、同法19条(使用)により、いずれも10年以下の懲役に処すべきものとされる相当重い犯罪類型に該当する。

直接の被害者は存在しないとはいえ、覚醒剤の薬理作用による心身への障害が犯罪等の異常行動を誘発すること、密売による収益が反社会的組織の活動を支えていること等の社会的害悪は、つとに知られているところである。」

「約5年にわたる使用歴(前提事実(4)ア)を有する原告の覚醒剤への依存性、親和性は看過し得ない水準にあったといえる。この間、原告は○○総合車両所の車両検査主任の立場にあって、管理職ではないとはいえ、首都圏の公共交通網の一翼を担う被告の安全運行を支える極めて重要な業務を現業職として直接担当していた。摂取から少なくとも数日は尿から覚醒剤が検出されるという調査結果(書証略)等に照らせば、ほぼ毎週末(前提事実(4)ア)覚醒剤を摂取していた原告が、業務への具体的影響は不明であるものの、身体に覚醒剤を保有した状態で車両検査業務に従事していたことは明らかである。この事態を重く見た被告が、延ベ758名に対し延べ211時間10分もの時間をかけて再発防止のための教育措置をとったこと(書証略)は相当であり、これを過大な措置だとする原告の主張は失当である。」

「以上の社内的影響に加え、被告は監督官庁に本件を報告しており(弁論の全趣旨)、限られた範囲ではあるが外部的な影響も生じている。なお、車掌や運転士等の鉄道会社やバス会社の従業員の薬物犯罪が報道され、社会的反響を呼んだ例は珍しくないのであって(書証略)、本件が報道等により社会に知られるには至っていないことは偶然の結果というほかなく、これを原告に有利に勘酌すべき事情として重視することはできない。」

「原告は、令和4年5月に3日間の無断欠勤や虚偽報告を理由に課長訓戒の処分を受けた(書証略)ほか、事前連絡の有無等は必ずしも明らかではないものの、体調不良等の自己都合での突発的な休暇取得が頻繁に認められる(証拠略)。有給休暇取得は正当な権利行使であること、急な休暇取得には子の養育や交際相手との関係等の一身上の都合が影響していること(証拠略)を踏まえても、原告の勤怠状況について積極的に評価することは困難であり、この点において原告に有利な事情があるとはいえない。」

「原告について、本件以外に上記の課長訓戒以外の処分歴や犯罪歴は認められないものの、27年間勤務を続けていたという以上に、特に考慮すべき功労を認めるに足りる証拠は見当たらない。」

 

3. 実務上の留意点

(1) 事件としての報道が無くとも懲戒解雇・退職金不支給はあり得る

上記事件では覚醒剤取締法違反についての報道がなされませんでした。

しかし、報道がなされなくとも社会的評価や社内秩序を棄損することはあり得ることであり、報道がなされるかは偶然に左右されることもあり、解雇の有効無効・退職金不支給の適法性を判断する上では実はあまり重要な事実ではありません。

(2) 痴漢行為と薬物犯罪との違い

鉄道会社の従業員が同じ会社の鉄道で痴漢をしても解雇は有効にならないのになぜ覚醒剤取締法違反であれば解雇は有効になるのでしょうか。

色々な理由は考えられると思いますが、1つは法定刑の違いがあります。

痴漢の多くは迷惑防止条例違反という比較的罰金刑に留まる法律が適用されるのに対して、覚醒剤取締法違反の場合は、執行猶予はつくものの懲役刑が原則となります。

性犯罪について軽すぎる気はしますが、現在の法体系上は法定刑の重さが大きく異なるのも痴漢行為と薬物犯罪との違いなのかもしれません。

(3) 退職金不支給適法判断は一部の退職金を既に支払っていたことも影響している

上記事件では退職金不支給が適法となりましたが、既に約2割弱の退職金が前払いをされていたことも影響をしていると思います。

全く退職金が前払いされていなければ退職金不支給は違法だった可能性はあります。

そのため、上記事件から覚醒剤取締法違反=退職金不支給と判断して良いかは具体的事案に依るかと思います。

(4) 退職日までに急いで懲戒解雇を行う必要がある

上記事件では退職届を提出した後、原告が指定した退職日までに懲戒解雇を行いました。

これは、退職後は懲戒処分ができなくなるためです。

上記事件では退職届を受理しませんでしたが、受理をしなくとも、少なくともその日から14日経過後に退職の効力は生じるため急いで懲戒解雇を行う必要があります。

(5) 退職金が無い場合は警察署にて退職届を記載してもらい早期に解決することも1つの方法

退職金が制度としてない場合や入社して間もないため退職金がほとんど無い場合は、会社担当者が身柄を勾留されている警察署に接見に行き、退職届を差し入れて退職届けにサインをしてもらい速やかに解決する方法もあります。

予告手当や除外認定の手続きも不要で速やかに解決することが多いです。

退職金が無い場合は、従業員に警察署にて退職届を記載してもらい早期に解決することも1つの方法です。

 

覚醒剤取締法違反を理由にした退職金不支給が適法とされた事例
には専門的な知識が必要です。

使用者側の労務トラブルに取り組んで40年以上。700社以上の顧問先を持ち、数多くの解決実績を持つ法律事務所です。労務問題に関する講演は年間150件を超え、問題社員対応、残業代請求、団体交渉、労働組合対策、ハラスメントなど企業の労務問題に広く対応しております。
まずはお気軽にお電話やメールでご相談ください。

 

その他の
取り扱い分野へ


 

この記事の監修者:向井蘭弁護士


護士 向井蘭(むかい らん)

杜若経営法律事務所 弁護士
弁護士 向井蘭(むかい らん)

【プロフィール】
弁護士。
1997年東北大学法学部卒業、2003年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。
同年、狩野祐光法律事務所(現杜若経営法律事務所)に入所。
経営法曹会議会員。
労働法務を専門とし使用者側の労働事件を主に取り扱う事務所に所属。
これまで、過労死訴訟、解雇訴訟、石綿じん肺訴訟。賃金削減(就業規則不利益変更無効)事件、男女差別訴訟、団体交渉拒否・不誠実団体交渉救済申立事件、昇格差別事件(組合間差別)など、主に労働組合対応が必要とされる労働事件に関与。近年、企業法務担当者向けの労働問題に関するセミナー講師を務める他、労働関連誌への執筆も多数

当事務所では労働問題に役立つ情報を発信しています。

その他の関連記事

使用者側の労務問題の取り扱い分野

当事務所は会社側の労務問題について、執筆活動、Podcast、YouTubeやニュースレターなど積極的に情報発信しております。
執筆のご依頼や執筆一覧は執筆についてをご覧ください。