早出残業は使用者の認識がポイント

早出残業は使用者の認識がポイント

 

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1. 早出残業は原則として労働時間として認められにくい

弊所で扱う未払い残業代請求案件について、早出業務の労働時間該当性(早出残業)が争われることが多いです。

もっとも、早出残業についてはタイムカードの始業前の打刻があっても認められづらく、会社側の主張(早出残業を指示していない)が通ることが多いです。

裁判官が書いた書籍においても「使用者から明示的には労務の提供を義務付けていない始業時刻前の時間が、使用者から義務付けられまたはこれを余儀なくされ、使用者の指揮命令下にある労働時間に該当することについての具体的な主張・立証が必要」で、「そのような事情が存しないときは、所定の始業時刻をもって労務提供開始時間とするのが相当である。」とされています(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕68頁参照)。従業員側が積極的に具体的に主張立証しないと早出業務は労働時間とは認められないということになっています。

そのため、早出残業については会社勝訴事例が多いのですが、早出残業が認められた裁判例もあります。今回は最近の2つの事例についてご紹介します。

 

2.S病院事件(さいたま地裁令和4年7月29日判決)

被告になったのは、高度専門医療を提供すること等を目的とした地方独立行政法人です。

原告は看護師で、退職後、未払時間外勤務手当等(残業代)の支払いを求めて被告を提訴しました。

原告の方の所定労働時間は、日勤 午前8時30分~午後5時15分、夜勤 午後4時00分~翌午前9時30分とされていました。

本件の原告は、始業時刻の認定について、「日勤の場合は、午前8時30分から手術への患者の送り出しなどの業務が始まり、午前9時から夜勤担当者からの引継ぎ(申し送り)が始まるため、原告は、午前7時には出勤し、担当する患者の情報の確認、点滴の準備などの業務をしていた。夜勤の場合も同様に、原告は、午後3時には出勤し、業務をしていた。早出の場合は、担当する患者はなかったが、原告は、後輩看護師のフォローなどのために午前6時45分には出勤していた。しかし、がんセンターにおいては、始業時間前の勤務を申請する仕組みがなかった。」と主張しました。

被告はこれを争いましたが、裁判所は、次のとおり述べて、原告の早出残業を認めました。

(裁判所の判断)
「前記・・・で認定したとおり、原告は、業務マニュアルにおいて前の勤務帯の者からの申し送りを受ける前にすることとされる業務(受け持ちの患者について電子カルテを確認し、行動計画を立て、薬剤等の準備をする業務)について、所定の始業時刻から始めると、申し送りの時刻までに終わらせることができないことを理由に早く出勤して業務に着手していたものである。」

「原告が電子カルテを確認するために使用するパソコンは、ナースステーションに設置された共有のものであり、このパソコンを業務外で利用することが許されていたとはいえないことからすれば、始業時刻前に原告がパソコンを使用すれば、上長である看護師長や他の看護師は、即時、容易に、原告が始業時刻前にマニュアル所定の業務を行っていることを知ることができるはずである。」

「平成30年2月1日から平成31年5月7日までの原告のパソコンのログイン履歴・・・をみても、原告はほとんど全ての勤務日において、所定の始業時刻より前に、当日最初のログインをしていることは明らかである。」

「そうであれば、看護師長は、原告が常態として始業時刻より前に業務を開始していることを知っていたと認めるのが相当である。」

「そして、看護師長は、命令簿における時間外勤務命令の決裁権者であるところ、長期間にわたり、ほぼ毎勤務日、何らの異議を述べずに始業時刻前の労務の提供を受入れていたものであることからすれば、これらの業務は、被告(がんセンター)の黙示の指揮命令の下で行われたものと評価するのが相当である。」

「以上から、原告のパソコンのログイン時刻・・・又は所定の始業時刻のいずれか早い方を実際の始業時刻と認める。」

 

3. Sグループ事件(東京地裁令和3年11月29日判決)

被告は、都内で16店舗のラブホテルを経営する個人です。

原告は、客室清掃等を担当しており、原告の所定労働時間は、午前10時~午後5時とされ、タイムカードで労働時間管理がされていました。

本件では、原告の早出残業、つまり午前10時以前の勤務の労働時間性が問題になりました。

原告は「原告を含むルーム係は、被告の指示の下、午前10時に客室清掃を始めていたが、その前にロビー、エレベーター、建物回りの清掃を済ませ、リネン業者が配達してきたタオル、シーツ類の仕分けなどの準備作業を行っていた。」と主張しました。

裁判所は、次のとおり述べて、早出業務の労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)
「原告は、タイムカードを打刻してから所定始業時刻の午前10時までの間、上記・・・のようなリネン類の準備作業などを行っており、原告のこれらの作業の性質は被告の業務遂行そのものである。このことに加え、その作業が被告が労務管理のために導入したタイムカードの打刻後に行われていたこと、被告の管理が及ぶ店舗内で行われていたものであること、ほぼ全ての出勤日で同じように行われ続けていたことなどからすると、被告はこのような常態的な所定始業時刻前の作業の実態を当然に把握していたというべきところ、これを黙認し、業務遂行として利用していたともいえるから、上記作業は被告の包括的で黙示的な指示によって行われていたものと評価すべきである。」

「そうすると、原告は、タイムカードを打刻してから午前10時までの間も被告の指揮監督下に置かれていたものと評価でき、その時間も労基法上の労働時間と認めるのが相当である。」

 

4. 早出残業は使用者の認識がポイント

単に始業時刻前に早く会社に来て仕事をしても労働時間には当たるとは限りません。労働時間に該当するためには、会社の指揮命令下にあることが必要ですので、会社の明確な指示がない場合は、会社が黙認をしていたことが必要となります。

上記2裁判例に赤字で記載しましたが、「知る」「知っていた」「把握」「黙認」という言葉が並んでいます。これは早出業務が労働時間に該当するためには、使用者の認識がポイントであるためです。

S病院事件については、「ナースステーションに設置された共有のものであり、このパソコンを業務外で利用することが許されていたとはいえない」として、そこから看護師長等が、原告が始業時刻前にパソコンを使ってマニュアル所定の業務を行っていたことを把握していたと認定しました。

Sグループ事件については、タイムカードの打刻後始業時刻前に毎回、館内で定型的な業務が繰り返し行われていたことから、使用者としては早出業務を把握していたと認定しました。

このように使用者の認識が早出業務の労働時間該当性においてはポイントになりますので、実務上も黙認していたと言われないように、始業時刻前に業務は行わないよう周知する必要があり、漫然と放置していた場合は思わぬ残業代請求を受ける可能性があります。

 

早出残業は使用者の認識がポイント
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この記事の監修者:向井蘭弁護士


護士 向井蘭(むかい らん)

杜若経営法律事務所 弁護士
弁護士 向井蘭(むかい らん)

【プロフィール】
弁護士。
1997年東北大学法学部卒業、2003年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。
同年、狩野祐光法律事務所(現杜若経営法律事務所)に入所。
経営法曹会議会員。
労働法務を専門とし使用者側の労働事件を主に取り扱う事務所に所属。
これまで、過労死訴訟、解雇訴訟、石綿じん肺訴訟。賃金削減(就業規則不利益変更無効)事件、男女差別訴訟、団体交渉拒否・不誠実団体交渉救済申立事件、昇格差別事件(組合間差別)など、主に労働組合対応が必要とされる労働事件に関与。近年、企業法務担当者向けの労働問題に関するセミナー講師を務める他、労働関連誌への執筆も多数

当事務所では労働問題に役立つ情報を発信しています。

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