営業活動費を賃金から控除することは有効か?

営業活動費を賃金から控除することは有効か?

労使協定に基づき営業活動費を賃金から控除したことの有効性が問題となった裁判例(大阪高裁R6.5.16判決)をご紹介致します(なお一審判決=京都地裁R5.1.26判決・労判1282号19頁)。

 

お電話・メールで
ご相談お待ちしております。


 

1. 事案の概要

本件は、生命保険会社である一審被告(以下、単に「被告」とします。)の営業職員である一審原告(以下、単に「原告」とします。)が、被告に対し、被告が原告の賃金から業務上の経費(本件費用)を控除したことは労基法24条1項(賃金全額払の原則)に反し許されないなどと主張して、未払賃金等の金銭の支払を求めた事案です。

賃金から控除されていたのは「携帯端末使用料」、「会社斡旋物品代」、「機関控除金」です。

携帯端末使用料」は、被告において使用されていた携帯端末の使用料であり、被告の営業職員は顧客に保険商品の内容を説明したり、保険契約のシミュレーションをしたりする際に、本件携帯端末を用いていました。

会社斡旋物品代」は、被告の子会社(被告の販促品や贈答品、記念品の販売窓口会社)等が提供する物品について、営業職員が本件携帯端末を用いて各自で直接個別注文するか、又は、拠点事務担当者に依頼して注文する物品購入にかかる費用です。例)ロゴ入りチョコレート・飴等の販促品代

機関控除金」は、会社斡旋物品の注文方法以外の方法により毎月支部単位で注文を取りまとめるものにかかる費用です。例)被告が週1回発行するチラシ代、募集資料コピー用紙トナー代

被告は、平成2年12月10日、組合との間で、給与から「募集資料等有料物品購入代金」、「市場対策・販売促進経費個人負担金」、「通信教育経費および各種受験経費個人負担金」、「会社設備使用時の個人負担金」、「会社が認めた諸研修会費」など、所定の費目を控除することができる旨を定めた「賃金控除に関する協定書」を締結しました。その後、平成24年1月26日にも同内容の協定を締結しました。なお、裁判所は、上記の営業活動費用はいずれもこれらの控除項目に該当するとしています。

 

2. 本件の争点

⑴ 違法無効な賃金控除に係る未払賃金請求について

ア 経費負担の合意の存否及び効力並びに賃金控除の合意の存否及び効力
イ 未払賃金額
ウ 経費控除に関する不法行為の成否及び損害額
エ 経費控除に関する不当利得の成否及び利得額

⑵ 携帯電話料金に係る未払賃金請求(※費用償還請求等)について

 

3. 裁判所の判断

⑴ 経費負担の合意の成否

原告が、研修試補の委嘱契約締結の前後頃、営業職員が営業活動費用を負担する旨の説明を受け、営業職員となった日ないしそれから間もなく勤務のしおり(費用負担等の労働条件を記載した冊子)の交付を受けた後、異議を述べることなく物品等の注文申込みをしていることから、本件費用に係る包括的な合意が成立した(本件合意)。

⑵ 合意が労基法24条1項等に違反するか

業務費用を使用者の負担とすることが典型的な労働契約に当てはまるとしても、合意により労働者の負担とすることは法令により禁止されていない。労働者が、一定の裁量をもって業務遂行する際に必要な費用の支出を労働者の裁量に委ね、労働者の負担とすることも合理的なものとして許容される。労基法89条5号も労働者が費用負担することを禁止していないことをうかがわせる。

そして、営業職は、個々の労働者の裁量にゆだねた方が合理的な面があり、また、個々の労働者の技量や工夫等によって成果に差の出やすい職種であるといえる。特定の費用を労働者の負担とし裁量にゆだねることにより、使用者の負担を抑えつつ、その分賃金等労働者の待遇を充実させる方が、営業の効率化につながり、より少ない費用でより多くの成果を上げる労働者にとって利益をもたらすことが可能となる。その意味で一定の合理性が認められる。

本件合意により営業職員の負担とされる本件費用は、基本的に営業職員が裁量に基づき個別に注文申込みをすることにより発生するものであり、原告の負担額が報酬額に比して過大であるとの事情も認められないから、合理性を有する。

なお、募集資料コピー用紙トナー代については、営業職員に選択の余地がないが、金額が些少であること、一定の手当が支給されていること、活動に必要な共同の費用であること等から、営業職員に負担させることが無効とまではいえない。

⑶ 賃金控除の合意の存否及び効力

本件合意は、経費負担の合意に加えて賃金控除の合意を含むと合理的に解される。

賃金控除の合意については、賃金全額払いの原則の例外として許容されるためには、その合意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要である。本件では合理的理由が認められる。

【理由】
・ 本件費用は営業職員の個別注文申込みにより発生
・ 営業職員はあらかじめその負担を認識することが可能
・ 金額も原告の給与に対して5%以下であり、影響が大きいとまではいえない。
・ むしろ簡便な相殺処理が継続的にされる点で便宜
・ 原告は平成5年3月1日から平成30年11月まで物品等の注文申込みを続けていた。
・ その間、原告の自由な意思に基づくことを疑わせるような事情は特に認められない。

⑷ 賃金控除の労使協定

行政通達は、労基法24条1項但書について、「購買代金、社宅、寮その他の福利、厚生施設の費用、社内預金、組合費等、事理明白なものについてのみ、法36条の時間外労働と同様の労使の協定によって賃金から控除することを認める趣旨」としている(昭和27年9月20日基発675号、平成11年3月31日基発168号)。これは、労働者の個別合意なく控除される点を考慮して、控除対象を「事理明白なもの」に限定していると解される。賃金控除につき労働者の自由な意思に基づく合意が存在する場合には、客観的な性質が「事理明白なもの」でなくとも有効に賃金からの控除が認められる。

⑸ 控除の合意が効力を有しない時期について

賃金控除(相殺)の合意の性質を有する合意が労働者の自由な意思に基づくものであることを要し、その自由な意思の認定判断は、厳格かつ慎重に行わなければならないことに鑑みると、将来にわたり無限定に認められるものではなく、原告の自由な意思が存在する限りにおいて効力を有する。原告は平成30年11月27日に異議申立をしており、以降は合意の効力は認められない

⑹ 携帯電話の料金について

個人用のスマートフォンに加え、業務専用の携帯電話を契約し使用する相当な理由があったとしても、被告と営業職員との間に特段の合意のない状況において費用の償還が予定されていたということはできない。

 

4.まとめ

⑴ 地裁判決について

地裁判決は、包括的合意を否定し、原告による注文の際に個別合意ありとしています。但し、募集資料コピー用紙トナー代については、営業職員に一律に定額(2000円)で負担が課されるとして合意の効力を否定しました。トナー代については、賃金債権が時効にかかる前の分について不当利得返還請求も認めました。

労使協定の「事理明白なもの」については、労働者が当然に支払うべきことが明らかなものであり、控除の対象となることが労働者にとって識別可能な程度に特定されているものとし、労働者がその自由な意思に基づいて控除することに同意したものであれば、労働者が当然に支払うべきことが明らかなものに該当すると認めることができるとしました。

⑵ まとめ

本件判決をまとめると以下のようになります。
・ 業務に必要な費用を労働者の負担とすることは可能(→合意は割とあっさり)
・ 費用負担の合意は賃金控除の合意を含む(本件の場合)。但し有効かは別。
・ 労働者の自由な意思による合意があれば有効
・ 労使協定による賃金控除は「事理明白なもの」に限って可能。但し、労働者の自由な意思による合意があればそれ以外も可能
・ 自由な意思の判断要素=労働者の認識、金額、労働者のメリット、継続性

 

営業活動費を賃金から控除することは有効か?の
事例には専門的な知識が必要です。

使用者側の労務トラブルに取り組んで40年以上。700社以上の顧問先を持ち、数多くの解決実績を持つ法律事務所です。労務問題に関する講演は年間150件を超え、問題社員対応、残業代請求、団体交渉、労働組合対策、ハラスメントなど企業の労務問題に広く対応しております。
まずはお気軽にお電話やメールでご相談ください。

 

その他の
取り扱い分野へ


 

この記事の監修者:岡 正俊弁護士


岡 正俊(おか まさとし)

杜若経営法律事務所 弁護士
弁護士 岡 正俊(おか まさとし)

【プロフィール】
早稲田大学法学部卒業。平成13年弁護士登録。企業法務。特に、使用者側の労働事件を数多く取り扱っています。最近では、労働組合対応を取り扱う弁護士が減っておりますが、労働事件でお困りの企業様には、特にお役に立てると思います。

当事務所では労働問題に役立つ情報を発信しています。

その他の関連記事

使用者側の労務問題の取り扱い分野

当事務所は会社側の労務問題について、執筆活動、Podcast、YouTubeやニュースレターなど積極的に情報発信しております。
執筆のご依頼や執筆一覧は執筆についてをご覧ください。