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いわゆる年功序列型賃金制度ではなく、個々の労働者の業績に応じて賃金を設定する制度である年俸制は、会社に多く貢献した労働者に対して多く賃金を支払いたい使用者と、業績を挙げればそれに見合った賃金の支払いを受けることができる労働者の双方にとって良い面があります。
そのため、外資系企業やグローバル企業だけでなく年俸制を導入する企業が見られます。
さらに、本来年俸制は労働時間の管理に馴染まない管理職等に適用するのに向いた制度といえますが、管理職ではない労働者についても適用している企業も見られます。
上記のように年俸制は労使双方にとって良い面もありますが、年俸制についての理解が十分でなく、誤った制度や運用がなされているケースも見られます。
本コラムでは、年俸制について、正しい制度設計や運用がなされるように、特に残業代との関係について詳しく解説したいと思います。
目次
年俸制とは、労働者の業績を評価して年単位で賃金額を設定する制度です。
年俸制が適用される対象者については特に決まりはありませんが、ある程度自分の判断、裁量で仕事をすることができ、一定の業績を示すことが求められており、労働時間によって給与を支払うのではなく、目標達成度等の業績評価がしやすい労働者が向いています。
年俸の内訳については特に決まりはありませんので、本給のみにするか、一部を各種手当として支払うか、後述するように残業代を年俸に含んで支払うか、賞与部分を設けるか等については、規則等において定めることができます。
年俸の金額については年単位で設定しますが、支払い方については年1回支払えば良いというものではありません。
労基法24条2項で賃金は毎月1回以上支払わなければならないと定められていますので、年俸額を分けて毎月1回以上支払う必要があります。
毎月1回以上支払えば、それ以外には特に規制はありませんが、年俸を12等分して毎月支払ったり、あるいは賞与部分を設けるため年俸を14等分や16等分して、毎月の給与のほか年2回賞与を支払うケースが多いと思います。
社員が1日8時間、週40時間という法定労働時間を超えて業務を行った場合、原則として会社は残業代を支払う必要があります。
この点については労基法37条1項で「通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上」の割増賃金を支払わなければならないと定めています。
では年俸制の社員については、法定労働時間を超えて業務を行った場合、同様に残業代を支払う必要があるでしょうか。
年俸制の社員については、「年単位で支払う賃金の額を決めているのだからそれ以上は支払う必要はないのではないか」、「年俸額の中に残業代が含まれているのでと残業代は支払う必要がないのではないか」と思われるかもしれません。
ですが結論としては年俸制の社員についても原則として残業代を支払わなければなりません。
法定労働時間を超えて残業をしたにもかかわらず、会社が残業代を支払わない場合には、労働基準法違反となります。
このように年俸制の社員についても原則として残業代を支払う必要がありますが、例外的に残業代を支払わなくて良い場合はあるでしょうか?
もともと年俸制というのは業績に応じて給与を支払う制度ということで、労働時間に応じて給与を支払うタイプの労働者には馴染まない制度だと思います。
しかし、年俸制についての理解が不十分であったり、業績に応じた給与制度の対象を拡大しようとしたりして、一般の社員にも年俸制の適用を広げた結果、年俸制のメリットを生かせていない事態になってしまっていると思います。
年俸制の考え方に馴染みやすく、労働基準法の労働時間規制が適用されない労働者は、管理監督者と裁量労働制が適用される労働者です。
労基法41条の管理監督者は、経営者と一体の立場にある者として、自分の労働時間を自分の裁量で決めることができ、その反面労働基準法の労働時間規制が適用されませんので、残業代を支払う必要はありません。
なお、管理監督者も深夜労働をした場合の割増賃金は支払う必要があります。
また、裁量労働制が適用される社員についても残業代を支払う必要がありません。
裁量労働制は、働き方について労働者の裁量の幅が大きく、労働時間を厳格に規制することが適切ではないとして、労働基準法の労働時間規制が適用されません。
裁量労働制の場合には、みなし労働時間が設定され、その時間働いたとみなされるので、みなし時間が所定労働時間の場合には残業が発生せず残業代を支払う必要はありません。
なお、裁量労働制においても、休日や深夜労働をした場合の割増賃金は支払う必要があります。
そのほか、年俸にみなし残業代、固定残業代を取り入れている場合も、実際の残業時間に基づいて計算した残業代がこれらの金額を超えない限り、残業代の支払いは必要ありません。
但し、これらが年俸制の金額に含まれているというだけではダメで、みなし残業代、固定残業代として明確に分けなければならない等の条件が必要ですので、年俸制にみなし残業代、固定残業代を入れる場合には注意が必要です。
このように年俸制の場合にも残業代を支払う必要がありますが、残業代の計算はどのように行えば良いでしょうか。
年俸に賞与部分を設けず12等分して毎月支払っている場合は分かりやすいと思います。
この場合には年俸を12等分した金額が残業代計算の基準になりますので、これに割増率を乗じた金額が1時間当たりの単価になります。
問題となるのは年俸に賞与部分を設けている場合です。
通常、賞与は労働基準法施行規則21条4号にいう「1箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」に当たり、残業代計算の基礎となる賃金には算入しないとされています。
しかし裁判例や行政解釈では、年俸に賞与部分を設けたとしても、年俸制の賃金の額は年俸額であるとされています。
つまり労基法37条1項の「通常の労働時間の賃金」は年俸額であり、賞与部分を設けて14等分したとしても、これは支払い方の問題にすぎないので、賞与部分を計算から除外することはできないとされています。
【行政解釈】
割増賃金の基礎賃金に参入しない「賞与」は支給額が予め確定されていないものをいい、支給額が確定しているものは「賞与」とはみなされない。年俸制で毎月払い部分と賞与部分を合計して予め年俸額が確定している場合の賞与部分は「賞与」に該当しない。したがって、賞与部分を含めて当該確定した年俸額を算定の基礎として割増賃金を支払う必要がある
従って、例えば年俸額700万円でこれを毎月の給与として50万円、年2回賞与として各50万円を支払っている場合、賞与部分を含めた700万円を年間の労働時間で割った金額が残業代を計算する際の基準となります。
【年俸制の残業代の計算例】
年俸額7,000,000円、年間休日120日、年間労働日数265日、1日所定労働時間8時間のケース
7,000,000円÷265日÷8時間≒3,302円
月の残業時間が20時間の場合 3,302円×1.25×20時間=82,550円
会社としては以上のことを踏まえ、年俸制の社員についても原則として残業代を支払う必要があることを念頭に対応する必要があります。
具体的には、まず年俸制の制度設計の段階で、どのような社員に年俸制を適用するか、年俸に固定残業代を入れるか、賞与を年俸とは別に業績に基づいて変動するものとして設けるか等を検討する必要があります。
そして、そのような検討に基づき、給与規則等において年俸制について定める必要があります。
このような対応をしておけば、年俸制の社員から残業代の支払いを請求され、不測の支出をしなければならないといった事態に陥ることを防ぐことができます。
【回答】 年俸制は先に述べた通り業績を評価して年単位で報酬額を決める制度です。ここには労働時間に関する内容は含まれていませんので、年俸制適用者にも労働時間の上限規制(労基法36条6項)は及びます。
ただ、先ほどご説明した通り、年俸制適用者は管理職の場合も多いと思いますので、労基法の管理監督者に該当する場合には労働時間に関する規制は適用されません。この場合でも労働者の健康管理には十分配慮する必要があります。
【回答】 年俸制のメリットは、業績に基づいた報酬額を支払うことができるという点があげられます。
また労使で話し合って翌年の報酬額を決めるため、労働者の納得を得られやすく、次年度の目標にうまく繋げることができれば労働者のモチベーションアップにもつながります。
また、年俸制のメリットとしては年単位で金額が決まっているため、コスト管理がしやすいという点が言われますが、これについては年俸制適用者が管理職や裁量労働適用者の場合にはそのように言えますが、これらに該当しない一般社員に適用されている場合は、先にご説明した通り残業代を支払う必要がありますので必ずしも当てはまりません。
年俸制のデメリットは報酬を年額で決めますので、対象期間の途中で使用者が一方的に年俸を減額することができないという点があります。
もちろん年俸制でなくとも使用者が給与を下げるには制度に基づいて適正に行う必要がありますが、年俸制の場合にはこのような方法で下げることもできません。
【回答】 年俸といっても労務提供に対する対価であることに変わりはありませんので、ノーワークノーペイの原則は適用されます。
従って、欠勤等により労務提供がなされなかった場合に、それに相当する時間分の賃金を控除することは可能です。
この点はトラブルになることを防ぐためにも、給与規則に定めておく必要があります。
使用者側の労務トラブルに取り組んで40年以上。700社以上の顧問先を持ち、数多くの解決実績を持つ法律事務所です。労務問題に関する講演は年間150件を超え、問題社員対応、残業代請求、団体交渉、労働組合対策、ハラスメントなど企業の労務問題に広く対応しております。
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この記事の監修者:向井蘭弁護士
杜若経営法律事務所 弁護士
弁護士 向井蘭(むかい らん)
【プロフィール】
弁護士。
1997年東北大学法学部卒業、2003年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。
同年、狩野祐光法律事務所(現杜若経営法律事務所)に入所。
経営法曹会議会員。
労働法務を専門とし使用者側の労働事件を主に取り扱う事務所に所属。
これまで、過労死訴訟、解雇訴訟、石綿じん肺訴訟。賃金削減(就業規則不利益変更無効)事件、男女差別訴訟、団体交渉拒否・不誠実団体交渉救済申立事件、昇格差別事件(組合間差別)など、主に労働組合対応が必要とされる労働事件に関与。近年、企業法務担当者向けの労働問題に関するセミナー講師を務める他、労働関連誌への執筆も多数
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