管理職・管理監督者から1000万円の未払い残業代請求!?

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1. 管理監督者からの未払い残業代請求

これまで中小企業の経営者から「管理職には、残業代を支払わなくてもよいですよね?」という質問を何度もいただいたことがあります。

確かに「管理監督者」(労基法41条2号)に該当すれば、労働基準法上の時間外割増及び休日割増の支払いは不要となります。

もっとも「名ばかり管理職」に関する判決(日本マクドナルド割増賃金請求事件・東京地裁平成20年1月28日判決)にみられるように、その該当性については厳格に判断される傾向にあります。

実際に、会社と管理監督者との間で経営方針に齟齬が生じるなどしてトラブルになり、退職時に残業代請求をしてくることがあり、その請求金額が1000万円を超えるような場合もあります。

「管理監督者は会社の方針を理解してくれている」、「管理監督者が未払い残業代請求をすることはない」と過信するのは危険です。

以下では、管理監督者からの未払い残業代請求への対応方法について解説いたします。

2. 本当に管理監督者なのか?

管理監督者とは、「事業の種類にかかわらず監督若しくは地位にある者」(労基法41条2号)をいい、これに該当すれば労働基準法上の時間外割増及び休日割増の支払いは不要となります(深夜割増の支払い対象にはなります)。

そのため、一般的に「管理監督者に該当すれば残業代を支払わなくてよい」と中小企業の経営者は理解しています。

実際に、管理監督者からの未払い残業代請求は件数としてはさほど多くないと思います。

管理監督者に任命されるくらいですから、会社としてもその従業員に期待し、実際に会社の中枢で活躍していることが多いからです。

ただ一方で、上記のとおり管理監督者が未払い残業代請求をしてくることもあります。

管理監督者に該当するかどうかは、名称だけではなく実態で判断されます。

会社が一方的に「君は管理監督者だよ、残業代は支払われないよ」と決めたとしても、実態が伴っていなければ、上記の支払い義務を免れることはできません。

具体的には、「職務内容、権限及び責任並びに勤務態様等に関する実態を総合的に考慮して判断」するものとされ(白石哲編著『労働関係訴訟の実務〔第2版〕』(商事法務・平成30年)153頁)、具体的考慮要素について「東京地裁は、最近、」①職務内容が少なくともある部門全体の統括的な立場にあること、②部下に対する労務管理上の決定権限等につき一定の裁量権を有し、人事考課・機密事項に接していること、③管理職手当などで時間外手当が支給されないことを十分に補っていること、④自己の出退勤を自ら決定する権限があること、という判断基準を示しています(ゲートウェイ21事件-東京地判平20・9・30労判977号74頁、東和システム事件-東京地判平21・3・9労判981号21頁・菅野和夫「労働法第12版」493頁)。

ちなみに「管理監督者」と社内で日常的に用いられている「管理職」では意味が異なる場合があります。

上記の判断基準に照らして、必ずしも管理職と呼ばれている全員が管理監督者に該当するとは限らないからです。

そして、万が一、管理監督者から未払い残業代請求がなされたら非常に深刻なのです。

3. 1000万円を超える請求額に

管理監督者からの未払い残業代請求が非常に深刻な理由はいくつかあります。

理由①
・管理監督者と認定されるハードルが高く、管理監督者を否定される可能性がある

理由②
・管理監督者のもともとの給料が高いので、割増賃金の基礎単価が高額になる

理由③
・管理監督者であるが故に、割増賃金の性質の手当が支払われていないことが多い

理由④
・管理監督者であるが故に、緊急対応を迫られたり、時間外労働の上限規制の対象外であることから労働時間が長い可能性がある。また労働時間管理が甘いため不就労時間や休憩時間の立証が難しい

理由⑤
・労働基準法の賃金請求に関する消滅時効が現状2年から3年に延長されたため、請求可能期間が延びる

理由⑥
・他の管理監督者への対応も検討しなければならない

例えば、基本給60万円、月所定労働時間168時間、残業60時間、3年分(執筆の時点では2020年4月の消滅時効に関する労基法改正から3年を経過していませんが便宜上3年)で計算すると約964万円になります。

このように1000万円の請求があり得るのです。

4. 残業代支払いに対する会社の姿勢がみられる

管理監督者の未払い残業代請求問題については、会社が管理監督者を組織上どのように位置づけているか、また管理監督者以外の従業員への残業代支払いに対してどのような姿勢でいるかを見られているような気がします。

例えば管理監督者が会社規模に比較して非常に多くいる場合には、本当に管理監督者を組織上重要なポジションに位置付けているのか?という疑問をもたれます。

また管理監督者以外の従業員に対してきちんと残業代を支払っていないような場合も「管理監督者だから支払っていないというより、そもそも残業代を支払う姿勢のない会社ではないか?」と疑われてしまいます。

一方できちんと一定の役職者以下の従業員には残業代を支払っていて、管理監督者になったタイミングで取り扱いを変えているような会社の場合には、少なくとも会社として残業代に対して理解して向き合っているという姿勢は評価されます。

ただそうはいっても管理監督者の設定に不備や問題があればやはりその点は指摘されてしまいます。

このあたりの状況も含めて、管理監督者から未払い残業代請求があった場合には対応を検討しなければなりません。

5. 管理監督者に固定残業代を支払うのは矛盾する?

会社によっては、管理監督者ではあるものの、管理監督者を否定された場合に未払い残業代の問題が残るので、念のため残業代の対価として固定残業代を払っている場合があります。

確かに、上記のとおり管理監督者に該当すれば、深夜割増を除いて、時間外割増、休日割増の支払いは不要なので、固定残業代を支払うのは矛盾しているように思えます。

ここは私見ですが、管理監督者に「残業代を払ってはいけない」というルールはないはずです。

払わなくてもよい残業代を、万が一に備えて払っておくということは許されると考えます。

このような場合、「残業代を支払う必要がない管理監督者に固定残業代を支払うのはおかしい、固定残業代という名称で支払っているものは、実際には残業代の性質は有しておらず、対価性を有していないため固定残業代としては認められない」との主張が想定されます。

しかし、万が一のことを想定して残業代の性質(実際に管理監督者が否定されれば残業代を支払わなければならない)のものを払うことはできると思いますし、まさに残業代として払うものですから対価性も有しているといえます。

ただ管理監督者に固定残業代を支払うことは上記のようなトラブルに巻き込まれることが多いので積極的にお勧めするものではありません。

その他の対応方法としては、会社は労基法上の管理監督者に該当する場合にのみ役職手当を支払う(管理監督者に該当しない場合は支給しない)ということを賃金規程などで明確にしておくことで、万が一、労基法上の管理監督者に該当しない場合には、支給根拠を失うとして不当利得返還請求により返還を求めるという方法があり得ます(管理監督者に当たらない医師に支給された管理職手当の不当利得返還請求が認められた裁判例・東京地裁平成31年2月8日判決)。

6. 実際に管理監督者から未払い残業代請求があった場合の対応

(1)方針を決める(管理監督者に該当することを全面的に争うか)

まずは管理監督者に該当するかどうかの見通しを立てます。

その際には上記のような判断基準に照らして検討します。

組織における地位や役職、業務内容や権限、普段の出退勤の状況(遅刻や早退をしたときの制裁の有無)、部下の有無、経営会議などへの出席の有無、給与額(管理監督者になって手取りが減っていないか)などを踏まえて、結論はともかく訴訟を維持できるレベルか、任意交渉なら維持できるレベルか、労基署には説明できるレベルか等を見極めます。

このようなレベルであれば、「会社は管理監督者と思っているが、早期解決のための金銭提案をする」という主張もしやすくなります。

一方で、明らかに主張するのが無理筋(先方が減額交渉にも応じないレベル)である場合には、実労働時間がどうであったか、不就労時間は無いのか等の方針に転換しなければなりません。

(2)管理監督者の主張が難しい場合

管理監督者の主張が難しい場合、労働時間に関する主張立証をしていくことになりますただ会社も労働時間を厳密に管理していないことがあります。

会社としても管理監督者として取り扱っていた以上、過去に労働時間を厳密に管理していなかったとしてもやむを得ない側面があります。

そのためお互いが労働時間に関する客観的な記録が乏しい中での交渉となるため、会社としても争う余地があります。

始業時間や終業時間のほか、中抜け時間も主張立証していくことになります。そのほか目撃証言なども活用していきます。

本人自身が管理監督者であるという認識を当時有していたことも重要です。

例えば、「俺は管理監督者だから残業代が出ない。だから別に仕事中にほかのことをしても許される」などと周りに言っている可能性もあります。

また上記のとおり労基法上の管理監督者であるが故に支給していた手当がある場合には不当利得返還請求を検討したり、役職手当が実質的に時間外割増の対価として支払われていたとの主張が可能かどうかも検討します。

(3)今後の対応も並行して検討する

管理監督者の一人から未払い残業代請求があった以上、他の管理監督者の取り扱いの見直しも迫られます。

いずれにしても、管理監督者についても労働時間の状況を把握することが義務付けられていることから(労働安全衛生法第66条の8第3項)、今後は「管理監督者なので労働時間に関する資料が全くありません」という会社の主張は通用しなくなります。

労働時間の状況の把握をしつつ、対象となっている管理監督者について、このまま管理監督者で取り扱うか、一定の線引きをしてそこから下は管理職であっても管理監督者とはせず通常どおり時間管理をし、割増賃金を支払っていくという方針に変えるのか等を検討する必要があります。

このように管理監督者からの未払い残業代請求があった場合、管理監督者に該当するかどうかの検討だけでなく、他の管理監督者への対応など今後の制度設計も並行して検討しなければなりません。

したがって、管理監督者からの未払い残業代請求があった場合には、経験豊富な弁護士に速やかに相談をすることをお勧めします。

残業代請求対応には専門的な知識が必要です。

使用者側の労務トラブルに取り組んで40年以上。700社以上の顧問先を持ち、数多くの解決実績を持つ法律事務所です。労務問題に関する講演は年間150件を超え、問題社員対応、残業代請求、団体交渉、労働組合対策、ハラスメントなど企業の労務問題に広く対応しております。
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7.よくある質問

Q1 管理監督者の労働時間の状況を把握すると管理監督者の有効性と矛盾するように思えますが、どう理解したらよいでしょうか?

【回答】 矛盾しません。確かに管理監督者の該当性判断の1要素として、労働時間に関する出退勤の自由の有無があります。

しかし、労働時間の状況を把握することと、管理することは矛盾しません。例えば通常の所定始業時間より1時間遅れて出勤の記録が残ったとしても、その1時間をどう取り扱うかは別問題です。

その1時間に対して遅刻の取り扱いや遅刻として制裁を課さなければよいのであり、また上記のとおり安衛法上、労働時間の状況を把握することが求められているので、今後は、管理監督者についても労働時間の状況を把握していくべきですし、把握したからといって、管理監督者性がそれだけで否定されるものではないと考えます。

Q2 管理監督者が遅刻をしたことについて、注意指導はできないのでしょうか?

【回答】 遅刻したことのみをもって注意指導はできませんが、予定した時刻(例えばクライアントとの会議)に遅れれば、本来、その管理監督者がすべき業務を自分の落ち度でできていないのですから、遅刻したことではなく、やるべき業務ができなかったことについて注意指導することは可能です。

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この記事の監修者:岸田 鑑彦弁護士


岸田鑑彦(きしだ あきひこ)

杜若経営法律事務所 弁護士
弁護士 岸田鑑彦(きしだ あきひこ)

【プロフィール】
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。平成21年弁護士登録。訴訟、労働審判、労働委員会等あらゆる労働事件の使用者側の代理を務めるとともに、労働組合対応として数多くの団体交渉に立ち会う。企業人事担当者向け、社会保険労務士向けの研修講師を多数務めるほか、「ビジネスガイド」(日本法令)、「先見労務管理」(労働調査会)、労働新聞社など数多くの労働関連紙誌に寄稿。
【著書】
「労務トラブルの初動対応と解決のテクニック」(日本法令)
「事例で学ぶパワハラ防止・対応の実務解説とQ&A」(共著)(労働新聞社)
「労働時間・休日・休暇 (実務Q&Aシリーズ) 」(共著)(労務行政)
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