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有期雇用契約の試用期間中のミスを理由とする解雇の効力が問題となった事件の裁判例(千葉地裁R4.3.3判決)(東京高裁R5.4.5判決)をご紹介致します。地裁判決では原告(労働者)が敗訴し、控訴しましたが、高裁判決でも地裁判決が維持され、控訴が棄却されました。
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目次
原告・控訴人Xと被告・被控訴人会社Yは、令和元年10月14日、期間の定めのある労働契約を締結しました。契約は1年毎の更新で、3か月の試用期間が設けられていました。
令和元年12月25日、Yは、試用期間中に労働者として不適格と認めたとしてXを解雇しました。
解雇理由(解雇理由証明書の記載)は以下のとおりです(詳しくは後述の裁判所の判断)。
c(上司)は、まずはXに見積書の転記及び領収書のファイルを行わせることとし、Xが作成した書類をcが確認して、ミスをその都度指摘し、次回の改善につなげるよう指導することとしました。
Xの能力不足を示す事実として、高裁判決は以下のようなものを認定しています(以下は認定された事実の一部であり、このような能力不足を示す事実が数多く認定されました)。
・10か所の異なる現場に出張したのに全ての現場名が「虎ノ門」と入力されていた。
・令和元年10月21日から31日までの全てについて取引先名の入力がない。
・現場名の「春日部」を「国分寺西」とする誤りがあった。
・二重計上が複数あった。
・c(上司)が赤字で訂正を入れ、Xがこれを踏まえて訂正版を提出したが直っていなかった(地裁の認定では、cは、当初、Xが仕事に慣れていないためにミスが出ているものと考え、指導個所を後から見直せるよう、赤字で訂正を入れ、その理由を口頭で説明したり、事務室内にあるホワイトボードの写真を撮って印刷し、一つ一つチェックを入れつつ小口精算帳簿に入力するよう指導したりしていましたが、Xは入社後1か月を経ても同じような入力ミスを繰り返し、訂正を指示されても1回で反映させることができない状態が続いたと認定されています。)。
工場長に過剰に(3個)砂糖を入れたコーヒーを提供したことは相当とは言い難いが、著しく不良であるとまではいえないとしました。
Xが取引先の前で「おいしょ、戻りました。すごい、なんか女の人の臭いがする。」「女の人が増えたから女の人の臭いがする。」と述べた事実、及び会社代表者が取引先社長から電話で失礼であると苦言を呈され謝罪した事実は認定しました。
しかしながら、これらは偶発的な失言であって同種の失言を繰り返していた事実を認めることはできず、会社の信用を棄損する行為とまではいえないとしました。
Xの夫(Yに勤務)の日当を1万円と認識していながら、これを大幅に超える日当を前提とする請求書を作成したことは認定しましたが、実際に請求書に沿った支払がなされたわけではないため、会社に損害を与えたとはいえないとしました。
前職における稼働歴の有無が採否を決しかねない事情であったとまでは認められないこと、明確な許可のないまま職場のパソコンで私的な文書を作成しているものの、前職に関するあっせん文書を作成したことがYの業務に影響を与えるとまでは考え難いとし、信義に反するとはいえないとしました。
これについて裁判所は、以下のように判示し、解雇を有効としました。
「Xは、単純な書類作成にもミスを頻発させ、cによる指導や訂正指示にも拘わらず、同様のミスを繰り返していたことが認められる。Xが、一見して明らかなミスや、(cに尋ねたり、事務室内のホワイトボードの記載を直接見たりすることによって)容易に防ぎ得るミスも放置したまま、cに書類を提出していることからすれば、Xが、一般に特別な能力を必要としない事務員として採用されていることを考慮しても、その作業能率は明らかに不良であるといえる。
上記の作業能率の不良は、採用決定の時点で知ることが期待できない事実であるところ、Xが、ミスの原因としてcの指示や配慮の不足を挙げるなど、自身の注意不足を省みたり、cにかかる負荷を考えたりする姿勢に乏しいこと、cは、自らの仕事に加え、XがしなかったXの前任者の担当業務を引受けていたこと等も併せ鑑みれば、Xの作業能率の不良は、これを前提とすれば、欠員補充を目的としていた本件労働契約が締結されることはなかった事情であるといえる。
Xの作業能率の不良の程度及びそれに対する姿勢に鑑みれば、残りの試用期間を勤務しても要求水準に達することが困難であったといえるから、本件解雇は解雇事由があり、留保解約権の趣旨及び目的に照らして、客観的に合理的な理由があり、社会的に見て相当であるというべきである。」
裁判所はまず三菱樹脂事件最高裁判決を引用し、試用期間経過後の労働者に対する留保解約権の行使は、本採用後の通常解雇より広い範囲で認められるべきであるが、解約権の留保の趣旨・目的に照らして、客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認され得る場合にのみ許されると解するのが相当としました。
その上で、有期労働契約における解雇は、労働契約法17条1項の「やむを得ない事由」がある場合にのみ許されるところ、本件は、有期労働契約に設けられた試用期間中の解雇(留保解約権の行使)であるから、試用期間経過後の留保解約権の行使が認められる客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認され得るという上記の基準に加え、有期労働契約における解雇に要求される上記「やむを得ない事由」があることをも要するとしました。但し、本件で試用期間が設けられた(解約権が留保された)趣旨にも鑑み、また、試用期間中の解雇ではあるものの、上記「やむを得ない事由」の存否の判断は若干緩やかに行うことが相当であるとしました。
そして、Xの能力不足の程度、内容に加え、⑴cの度重なる対応によっても、能力不足は改善しなかったこと、⑵Xの能力不足は、採用時に把握し得るものではなく、むしろXは「事務の経験は3年程」であり、「契約書の作成、請求書の作成」をしていた旨を履歴書に自ら記載していたこと、⑶Yは、従業員数8人ないし10人程度という規模の小さな会社であり、このうち事務職員は2人のみである上、従業員の職種等にも照らすと、Xを工場勤務などの他の部署に異動させるというのは困難ないし不可能と解されること、⑷Yの代表者は、一旦は試用期間である3か月間は様子を見ようと考えたものの、その後、Xの不適切な発言等から、試用期間満了前に解雇しようと考えたこと、⑸本件解雇は、3か月の試用期間のうち約2か月と10日間を経過した時点でされたものであり、大半の試用期間は終了し、残りは約20日程度であったことなどを併せ考慮すると、試用期間中の留保解約権の行使としてされた本件解雇には、解約権の留保の趣旨・目的に照らして、客観的な合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認されるものであり、かつ、本件では前記⑴で説示したとおり、解雇には労働契約法17条1項の「やむを得ない事由」の存在が必要であるところ、先に述べた緩やかな判断を行うまでもなく、当該事由があったというべきであるとしました。
結論としては、Yが解雇の事由として主張するその余の点について判断するまでもなく、Xの主張は理由がないとして、控訴を棄却しました。
本件は試用期間中のミスを理由とする解雇を有効としています。
また、有期雇用契約に試用期間が設けられている事案ですが、地裁判決では、期間途中での解雇である点は問題とせず試用期間中の解雇として判断しています。さらに、試用期間が満了する前の解雇ですが、それほど厳しく判断されていません。
これに対し、高裁判決は、判断基準として、期間途中の解雇のため「やむを得ない事由」が必要であるが判断は若干緩やかに行うのが相当としました。
また、会社代表者がいったんは試用期間満了まで見ようと思ったが問題行動があり考え直した点や、大半の試用期間を経過した時点での解雇であった点も理由として解雇の相当性を認めています。
もっとも、高裁判決は本件は若干緩やかな判断を行うまでもなく「やむを得ない事由」があるとしています。
しかも能力不足以外の解雇事由を検討するまでもなく、解雇が有効であると判断しています。
このような判断をした理由として、上司の丁寧な指導の点等が評価されていると思います。高裁判決では、地裁判決よりXの能力不足を示す事実が具体的に認定されており、明確にされていると思います。
これだけの事実があり、上司の丁寧な指導にもかかわらず、改善されなかったのであれば、地裁、高裁と一貫して解雇が有効とされたのも納得できます。
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この記事の監修者:岡 正俊弁護士
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