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弁護士の平野剛です。これまでにも向井弁護士がニュースレターで変形労働時間制が無効と判断されたケースをご紹介してきました(令和4年1月号・東京地裁令和2年6月25日判決、令和5年1月号・名古屋地裁令和4年10月26日判決)。判決まで至るケースだと変形労働時間制の有効な適用が認められないケースが多いのですが、今回は有効と認められた裁判例(大阪地裁令和4年2月22日判決)をご紹介します。
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目次
本件の被告会社は宅配便等の事業会社で、原告は被告に雇用されて集荷・配達等を行う作業員で、社内ではサービスドライバー(SD)と呼ばれる区分の労働者になります。
被告の就業規則では1か月単位の変形労働時間制について、概要、以下の定めがありました。
実際に社員に明示した勤務交番表での特定の1日の記載例は、以下のようなものです。
コース | 出勤 | 退勤 | 所定 | 休憩 |
---|---|---|---|---|
○○ | 7:30 | 21:30 | 10:00 | 1:00 |
月の「所定時間」は「163」等と記載
コース | 始業 | 終業 | 所定 | 休憩 | 残業開始 | 残業終了 |
---|---|---|---|---|---|---|
○○ | 7:40 | 15:40 | 7:00 | 1:00 | 15:40 | 20:40 |
原告は変形労働時間制が無効であるとの主張の理由の1つとして、勤務交番表に記載の「出勤」時刻から「退勤」時刻まで勤務し続けることが予定され、これが所定労働時間であるというべきで、月間の所定労働時間が法定労働時間の総枠を大幅に超えていると主張しました。
これに対し、裁判所は、勤務交番表上の「退勤」と実際の退勤時刻が異なることを挙げ、被告は必ずしも勤務交番表上の「退勤」記載の時刻に至るまで勤務し続けることを命じているわけではなく、見込み時間にとどまるとの評価が妥当すると述べ、この点の原告主張を採用しませんでした。
また、原告は⑴の主張を前提として、被告の運用は本来的に例外であって抑制すべき時間外労働をあらかじめ組み込んで固定化するもので、法の趣旨に反すると主張しました。
この点について、裁判所は、見込み時間とはいえ、時間外労働時間が勤務全体の予定に組み込まれていることは、その制度設計や運用如何によって、問題となる余地があり得るとの認識を示しつつ、「変形労働時間制の下での時間外労働が一切禁止されているものではな(い)」、「被告が運用する変形労働時間制がそれ(週休2日の達成)に寄与しているともみられる」、「被告が労働組合と協議を重ねつつ、労働時間の短縮を図っている」こと等に照らして、「被告がSDに対して長時間労働を強いるべく制度を濫用しているなどということもできない」と述べ、被告の変形労働時間制が法の趣旨に反しているとは言えないと判断しました。
原告は、所定労働時間の変更等が頻繁にあり所定労働時間が特定されていないと主張しました。
これに対し、裁判所は、原告が変更があったと主張する多くの部分は所定労働時間が変更されたものではなく、勤務交番表上に見込まれた時間外労働部分に関する変更があるに過ぎず、これによって所定労働時間の特定性が失われる旨の評価は当たらないと述べました。
次に、所定労働時間の変更が多数回に及んでいる月度について検討され、過半数の労働日について「労働時間」と「所定時間」を短縮する旨の変更がされ、結果として同月度の時間外労働を含めた実労働時間が約167時間にとどまったことを指摘し、「所定労働時間を短縮する方向での変更であって、それが実労働時間の短縮にも結び付いている」、「被告が就業規則所定の手続(その手続には、被告による恣意的ないし無限定な所定労働時間変更の抑止にも結び付く労働組合に対する報告等も含まれている。)を経てその変更を行っていること等を併せ考慮すれば、…被告の変形労働時間制を無効にすべき性質のものと解することはできない」と述べました。
労働者側から変形労働時間制の有効性が争われる場合、①就業規則で始業・終業時刻のパターンが示されていない、②変形期間の開始前までに当該期間のスケジュールが示されていない、③スケジュールが示された後に使用者により一方的に変更される、という主張がされることが多いです。
①については、冒頭で触れた裁判例でも無効と判断された理由になりますが、本件ではこの問題に対応するために、就業規則上の「就業時間表」に1ページ当たり最大26パターンが示され、それが260ぺージにも及んでいるとのことです。
裁判所も「自己の始業及び終業時刻を読み取ることはおよそ困難」と述べており、果たしてこのようなパターンを全て示すこと、そしてこれを変形労働時間制の有効要件とすることに何の意味があるのか、甚だ疑問です。
本件では②についても適切に対応されており、③のスケジュール変更自体が多くなく、変更されたケースも労働時間を短縮するものが主で、変更の手続きも就業規則で明確化され、その手続きが履践されていたこともあり、変形労働時間制を有効と判断しました。
変更が日常的に行われ、それが使用者の都合により一方的に行われていたり、記録に残らないような曖昧な形で行われていたりすると、そもそも実質的に事前にスケジュールが示されていない(②)とも判断される可能性があります。
その変更が労働時間が長くなる形での変更だとより厳しくなってくると思われます。
本件は、変形労働制の運用について、とても参考になる事例と言えます。
以上
使用者側の労務トラブルに取り組んで40年以上。700社以上の顧問先を持ち、数多くの解決実績を持つ法律事務所です。労務問題に関する講演は年間150件を超え、問題社員対応、残業代請求、団体交渉、労働組合対策、ハラスメントなど企業の労務問題に広く対応しております。
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この記事の監修者:平野 剛弁護士
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