飲み会帰りのタクシー車内でのセクハラと使用者責任

飲み会帰りのタクシー車内でのセクハラと使用者責任

 

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1. 飲み会でのセクハラ

上司と部下との間でセクハラ行為があった場合、それが業務時間中であれば事業の執行中ということで使用者も責任を負うことがほとんどです。これは民法第715条1項に規定があります。

(使用者等の責任)
第715条 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。

では、業務とは直接関係のない飲み会後のタクシーの車内でのセクハラについて、使用者は民法715条1項の使用者責任を負うのでしょうか?あくまで「事業の執行」が要件になっており、業務とは関係のない飲み会での出来事については責任を負わないようにも思えます。

今回ご紹介するA社事件(東京地裁令和5年5月29日判決・労経速2546号)は、取引先が主催した送別会終了後のタクシーの車内でのセクハラ行為(一部セクハラと認定)について、使用者責任の対象になるかが争点になりました(他にも争点がありますが、この点のみ解説します)。

 

2.「事業の執行」は意外と広い概念

使用者責任の対象となる「事業の執行」については、単に業務時間中か否かという基準ではなく、職務との関連性があるかどうかによって判断されます。具体的には、当事者間の社内での立場や業務上の関係性、具体的なセクハラ行為の内容、セクハラ行為があった時間や場所、そのような状況に至った経緯、業務との一体性、継続性などの事情を踏まえて個別具体的に判断されます。

そのため飲み会であったとしても、全員参加が求められていたり、二次会であっても立場が上位の者がおり参加が事実上強制されていたりするような場合は、業務の延長にあるとして「事業の執行」に該当する可能性があります。

今回の事案では、送別会終わりのタクシーの中で、手や太ももを触り、「やめてください」と制止された後も、肩か腰あたりを抱き寄せるような動作をするなどしたことについて、「事業の執行」に当たるかどうかが争点になりました。

原告側は、職場ないし取引先との懇親会からの帰宅時のタクシー内という職場に密接に関連する場で行われた行為であるから、「事業の執行」に該当すると主張しました。

会社側は、タクシー内での行為については、職場外の場所で行われたものであり、事業の執行を契機としてこれと密接な関係を有する行為でないとして争いました。

裁判所は、どのような送別会かだったかを分析し、「本件送別会は、取引先の担当者が企画し、原告は当該担当者に誘われる形で参加したものであり、本件送別会への原告の参加については、被告会社からこれに参加するよう働きかけがあったとの事情は見受けられない。そして、証拠によれば、本件送別会を主催した取引先の担当者は、何度も本件部署を訪問していたことから原告及び被告P2と親しくなり、本件部署を訪問した日は、作業終了後に被告P2、原告と一緒に酒を飲みに行くような関係にあったというのであるから、本件送別会は、このような当該担当者と原告や被告P2との個人的関係性から企画されたものと推認されるのであり、本件送別会が職場や業務の実質的な延長線上にあるものであったとまでは認め難い。」として、「事業の執行」を否定しました。

今回の事案では事業の執行ではないと判断されていますが、別の事案で三次会終わりのタクシーの中でのセクハラについて「事業の執行」を認めて慰謝料等の支払いを命じた事案もあり(東京地裁平成15年6月6日判決・判タ1179・267)、二次会、三次会だから大丈夫というわけではなく、事案によって結論が異なることに注意が必要です。

 

3. 飲み会における上司の立ち振る舞い

二次会、三次会になるにつれてお酒の影響もあり、正常な判断ができなくなる可能性もあります。このようなトラブルに巻き込まれないためにも自らを律していくしかないと思います。

  • ① 飲み会は、なるべく早めに切り上げる。
  • ② 二次会や三次会を率先して提案したり、部下に次の店を探すように指示したりしない。
  • ③ 誘われたら参加することがあってもよいが、誘われなくても落ち込まない、根に持たない。
  • ④ 二次会や三次会ではなるべく部下に話をさせ、話題はなるべく仕事以外にする(かといってプライベートに踏み込む質問も控える)。
  • ⑤ 常に終電を意識する。
  • ⑥ 会計に手間取ることも想定して早め早めの行動を。
  • ⑦ 終わったら速やかに解散する(店の前で円になって時間をロスすることは避ける)。
  • ⑧ タクシーに乗らざるを得なくなっても座席配置を工夫する(助手席と後部座席に分かれる)。

いろいろと考えてみましたが、このようなことを考えながら飲むお酒はどんな味なんだろうと思います。

 

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この記事の監修者:岸田 鑑彦弁護士


岸田鑑彦(きしだ あきひこ)

杜若経営法律事務所 弁護士
弁護士 岸田鑑彦(きしだ あきひこ)

【プロフィール】
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。平成21年弁護士登録。訴訟、労働審判、労働委員会等あらゆる労働事件の使用者側の代理を務めるとともに、労働組合対応として数多くの団体交渉に立ち会う。企業人事担当者向け、社会保険労務士向けの研修講師を多数務めるほか、「ビジネスガイド」(日本法令)、「先見労務管理」(労働調査会)、労働新聞社など数多くの労働関連紙誌に寄稿。
【著書】
「労務トラブルの初動対応と解決のテクニック」(日本法令)
「事例で学ぶパワハラ防止・対応の実務解説とQ&A」(共著)(労働新聞社)
「労働時間・休日・休暇 (実務Q&Aシリーズ) 」(共著)(労務行政)
【Podcast】岸田鑑彦の『間違えないで!労務トラブル最初の一手』
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